My MISSION STATEMENT

自分の姿と表現で、若い世代に挑戦する
勇気を与える存在であり続ける。​

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このミッションステートメントができた僕の人生のストーリー

         
         

今思えば、人生で最初に憧れた存在は父親だった。

↑幼い僕にとってのヒーローだった親父と

 

元テニスプレーヤーで、
どこに行っても人に囲まれ、頼られる。

スポーツ万能で、野球やテニスでも、コーチとして教えるかっこいい姿を、幾度となく見てきた。

 

連れて行かれるその先々で、
父親は皆に慕われ頼りにされる存在だった。

 

子ども心に映るその姿は、
かっこいいヒーローそのもの。

 

 

ヒーローになりたい。

 

 

人に頼られ、その中心で誰かに影響力を渡せる存在になりたい。

 

 

人生を生きる、人と関わる、その原動力の一つとなったのは、父親の存在と、その影響力だったのは、確かだ。

 

 

どうしたら、ヒーローに・・・

影響力をもち、人の心を動かすような存在になれるのか?

 

 

人生を通して抱いてきた、
テーマの一つがここにある。

↑無償の愛をくれた母と

 

 

自分が活躍できる出番を知り、注目される人気者になる。見せどころを知った子ども時代。

オヤジ譲りでスポーツ万能な子どもだった。

 

普段はそう目立たなくても、リレーとなれば一番。人気者だった。

走ることに対する自信、1位を取ることへの誓いと確信。絶対1位になる。

それを胸に3位、4位で受け取ったバトンを握りしめ、一気に駆け抜けてトップでゴールテープを切る爽快感。

 

クラスの勝利に貢献できた喜びと、そんな自分にみなぎる自信。

みんなの中心で勝利を分かち合うことの、喜び。

 

ヒーローだったオヤジに一歩近づけたようで、歓喜の中心に立てることが嬉しかった子ども時代。

 

リレーなら、オレの出番。

 

2位で渡されるバトンより、3位、4位で渡されるバトンがいい。

一気に追い抜いていく時のインパクト。
周囲の盛り上がり。

どうしたら、より注目され、人気を得るか。

人を惹きつける「見せ方」も意識していた少年は、このあと乗馬に出会い、貴重な3年間を過ごす。

 

やると決めたことを、やる。準備も交渉も自分でする。ビジネスの土台を作った3年間

 

小学6年生のときに出会ったゲーム「ウィニングポスト」で乗馬を知る。

そのかっこよさに一気に引き込まれ

 

「騎手になりたい。」「乗馬がしたい。」「かっこいい。」

 

気持ちのままに、乗馬をやりたい、
とオヤジに直談判。

 

 

「やりたいなら、自分で交渉してきなさい。」

 

 

商人の街、大阪人の父親は、
とにかく交渉が好きだった。

 

買い物に行けば交渉をする。
その姿をいつも見てきた。

 

 

レトリーバーが飼いたい、そういったときでさえ

「3万円なら買ってやる。交渉してこい」

ミッションとして課す父親だった。
(父親の想像を超えて、作戦勝ちでレトリーバーを3万円で飼うことに成功する。)

 

だから、乗馬をしたいと言った時にも、父親は当たり前のように、そう言った。

 

 

やりたい事があるなら、
どうしたらそれができるのか

 

自分でプレゼンして、交渉してこい、と。

 

 

今思えば、あの父親のスタンスから、交渉することを背中から学び、やりたい事をどうしたら実現できるのか、考え、自ら行動する力を与えてもらったのだとわかる。

 

まともにやろうと思えば、お金もかかる乗馬を、どうしたら小学校6年生の子どもができるのか。

 

12歳の少年が出した答は、
「オーナーと仲良くなり、アルバイトをさせてもらう。」

 

県内にあった乗馬クラブに行き、オーナーと仲良くなった。小学校6年生でもバイトをさせてくれるなんて、いい時代だったと思う。

 

じきにオーナーとも溶け込み、土日は泊まり込みで馬房の掃除や馬の手入れをしながら、合間で馬に乗せてもらう。

 

そんな週末に、一気に夢中になった。

友達と遊ぶより、馬に乗りたい。

 

毎週末になると、乗馬クラブに通っては泊まり込み、馬の世話をしては乗馬を覚える。

コツコツと、続けた。

↑夢中になった乗馬クラブでの仕事(小6)

 

自分からやりたいと思ったこと、
交渉して手に入れた、その世界への挑戦。

だからこそ、夢中になり、やりきることができた。

 

そんな週末生活は、4年間、続いた。

 

子ども時代にはそうそう経験できない、
乗馬という大人の世界。

色んな話を聞かせてもらった。

オーナーだけでなく、様々な大人の中に混じらせてもらったあの経験は、大人として生きるとはどういうことかを知る、最初の源流だったのかも知れない。

 

 

見るものを魅了する、強烈な存在感と眩しさ。GLAYとの出会い。


↑当時、部屋の壁はGLAYのポスターで埋め尽くしていた(笑)

乗馬クラブで週末を送る日々を終え、中学3年生で出会ったのが、GLAY。

 

出す曲が次々と売れ、日本中誰もがGLAYの曲を知っていたと言っても過言ではないくらい人気だった、あの当時。

 

歌声もビジュアルも、
すべてがかっこよく眩しく映った。

見る人を惹きつける、ボーカルTERUを始めとする、圧倒的存在感。

ステージにあがる、それだけでみんなが湧き上がり、歓声があがり、歌声に魅了される。

 

画面越しに見る、その影響力の絶大なるパワー。

 

 

マジ、かっこいい。

オレもあんなスターになりたい。

 

 

理由もなにもなく、ただただ、憧れた。

 

あの当時、GLAYは自分にとって、ヒーローそのものだった。

 

だから、高校では、
バンドを組んでボーカルになった。
↑高校の文化祭

 

でも実は、心のどこかでは、「とは言ってもそんな才能は自分にはない」とはじめから諦めている自分もいた。

 

やりたい事を、やりたいように、自分たちで。創り楽しむことを知った高校生活。

高校では、バンドだけではなく、ハンドボール部の創部にも誘われ、同級生と一緒に0から部活も立ち上げた。
↑高校卒業式に青春をともにした仲間と

部のルールも、練習メニューも、後輩の指導も、全部自分たちで考え、部を育てる。先輩がいなからこその自由と試行錯誤、挑戦がそこにあった。

 

バンドも、部活も。

楽しく、かっこよく。

 

そんな世界を目指して、男だけの合宿のような日々を仲間とともにつくった高校時代。

 

あの当時は、自分たちが描く「憧れるもの」「かっこいいと思うもの」それが、そのまま目指す世界だった。

 

憧れる存在、かっこいい存在に近づきたい。

その世界を、自らの力でつくりあげたい。

 

 

なりたいものになれる自分になる。

 

 

目指すものに素直に正直に、純粋な思いで日々をそのままに行きていたあの時代は、忘れたくない今のオレの原点でもある。

 

かっこよさに、磨きをかけた大学時代、そして、転機。

↑毎日練習したブレイクダンス

 

高校卒業後は、もっとかっこよくなりたいと、大学でブレイクダンスを始める。

 

実家のある茨城から、ダンスのレッスンのために毎週通った新宿。

 

ダンスを通して

ファッションのこと、デザインのこと

センスの良さとはなにかを学んだ。

 

この時期に体感したこと、
肌で感じ学び取ったこと。

そのすべてが、今の「かっこいい人生とは?」の軸になってくれた。

 

かっこいい人生の軸、それは「自分を磨き続け、人に必要とされる人生」だ。

 

 

幼心に、
ヒーローと憧れた父親の影響を受けながら、

かっこよく生きることを追い求め、体験で学び続けてきた10代。

 

 

この頃になると(実際は高校生くらいからかな)、幼少期には絶対的存在だった父親も、大人へと近づくにつれて、その絶対的存在感が揺らぎ始める。

 

親父自身、自分の中の原理原則を徹底的に貫くが故に、亭主関白。

ときに感じる家族への押し付けの強さ。

 

背中で、存在で、多くのことを教えてくれた。

 

 

その一方で

「お前は、あかんたれだ。」
「何をやっても続かない。」

 

そんな言葉も、幾度となく、浴びせられてきた。

 

 

父親の考えが絶対という世界をそのまま受け取るには、もう充分、大人になり、父親以外の価値観や世界も経験してきた。

 

 

父親だけが正しいのではない。

でも、どこかで父親の存在と自分を比べ、自信を持ちきれない自分がいる。

 

 

父親に憧れ、父親をどこかで目指して来た、

そんな自分に芽生えた、違和感や苦しさ。

何かが息苦しい。

 

 

そんなときに、アメリカ留学が決まる。

自分を囲っていた枠に気づき、自由とは何かを知った、留学生活。

↑LAで出会った仲間たちと

始めてたどり着いたロサンゼルスの地では、思いもよらなかった「自由の世界」を目の当たりにする日々。

 

街を歩けば人々が歌いたいように歌い、踊りたいようにおどり、やりたいように、遊ぶように生きている姿があふれる。

 

日本では、白い目で見られただろう言動が、誰にも気にされることなく、まかり通っているアメリカ。

 

様々な人種の人が行き交う。だからこそ、様々な価値観が寛容に受け入れあえる。

 

これまで経験したことのない自由な世界を前に、いかに自分が「日本の、父親の常識という枠」「他人の目」「社会のフレーム」にとらわれていたのかを実感。

 

知らず知らずの内に自分を抑圧していたことに気づき、もっともっと、自分を自由に表現していいのだ、と精神的自由を謳歌したロサンゼルス留学。


↑文化、肌の色、宗教、価値観が違う仲間たち

それでも日本に戻れば、現実の世界。人生のどん底。

ところが、日本に戻って就職した企業は、昭和の香り漂う大手企業。古い習慣が染み付いていた。


↑どん底の会社員時代…

否応無しの上下関係。行きたくもない飲み会で断る権利もなく飲まされる酒。

 

あんなに自由を謳歌した留学生活だったはずなのに、気づけば日本の社会常識の枠に収まり、つまらない日常をやり過ごし、週末の大騒ぎだけが楽しみ、そんな社会人生活を送る。

 

平日と週末、別人の自分。自分を偽り、自分らしさのかけらもなかった日々。

本当にしんどかった4年間。

 

 

そんな日々に鬱々とし始めた頃、

「アパレル起業をしないか」

 

発起人から、声をかけられた友人からの誘い。

 

つまらない日常を送っている自分には、充分すぎる、「魅力的な話」だった。

起業する、という響きのかっこよさ。

 

毎週夜行バスに乗って東京まで行き、夢の世界を語り合う。夢を実現させるには。

本気で考え、本気で悩んだ。

 

脱サラを決意し、父親に報告するまでに3ヶ月以上かかった。

 

「やってみたらいいんじゃないか。」

 

そんな父親の声にも背中を押され、企業を退職、起業していくために東京にも引っ越した。

準備金が必要だと、
少しずつ貯めていた貯金も渡した。

 

 

 

 

 

 

 

詐欺だった。

 

 

 

 

 

その後、整理がつかぬまま、とにかく、収入がないことには前に進めないと考え、再度転職をと、フランス系ベンチャー会社に就職するも、

完全なるブラック企業。

 

あまりに理不尽な社長の言動に、また前社で感じていた、あのストレスが襲いかかり・・・

もうどうでもいいやと思い始めた、試用期間終了時に、希望年俸は?と聞かれ

 

「800万です」

そう言ったら、罵声を浴びせられクビになった。

 

 

 

なんか、やらないと、、、。

そうだ、何かに、挑戦しよう。

 

 

いっそ自分で何かを始めようと、ホリエモンの著書「失敗しないビジネス4原則」を読み

 

移動式のコーヒー屋をやろう。そう思った。

 

コーヒーのことを学ぶため、まずは大手コーヒーチェーンで修行しようと、バイトの面接を受けた。

 

 

 

落ちた。

27才でバイト面接で落ちるという屈辱的な出来事。

 

 

 

 

何をやってもダメな自分。

 

 

「お前はあかんたれだ。何をやっても続かない。」

 

父親の言葉が重なる。

 

今思えば、あの時が一番のどん底だった。

 

なりたかった、影響力あるヒーローの自分は
つかもうとしても、つかめない。

 

恥ずかしくて誰にも相談もできなかった。

どん底からの復帰。

 

 

そんな時、

高校の後輩の社長が職業訓練校を紹介してくれる。

 

半年間HP制作を無料で学べる。

 

ダンスを通じて身につけたデザインセンスが役に立ち、HP制作がハマる。

 

通学を終えた2010年12月、HP制作をする個人事業主として開業届を提出。

 

開業といえば華やかなイメージだけど、それまでの経緯を考えると、恥ずかしくて誰にも言えなかった。

誰にも言わず、一人で、密やかに切った再スタートだった。

 

それからは、飛び込み営業を続ける日々が始まる。

行く先々でぞんざいな扱いを受ける。

でも、罵声を浴びせられても、追い返されても、やるしかない、淡々と・・・

最初は売れなくても、やっていく内に、営業のコツを体得し始め、次第に売れるようになる。

父親から受け継いだ、交渉精神が功をなした。

 

どうしたら話を聞いてもらえるのか、そこから受注につながるのか。わかってきてからは少しずつだけど、売上も上がりスタッフも雇えるように。

 

その後、セールスの面白さに目覚め、様々なセミナーに行き、マーケティング知識を得ては実践していく日々。

各分野で活躍する多くの大人から、たくさんのことを教わった。

その経験と知識を重ねてゆき、自己啓発にも投資。

 

尊敬する人との出会いからノウハウ、やり方だけにとらわれていた自分に気付かされ、ビジネスをするための「あり方」を根本から見つめ直した。

 

自己啓発を重ねていく内に、”主体的に生きる”とはなにか、”本当に自分が望んでいるあり方”とはなにか、を考えるようになる。

 

ふと、子どものころの記憶を思い出し、

 

 

父親との時間の中で築いた交渉の経験とスキル、それを活かすことや、人に教えることが好きだったと、気づく。

 

 

自分を磨き続け、人に必要とされる人生。

 

自分の生きてきた道を伝え、その背中で誰かの人生を応援できるような、
「武田さんなら、自分の挑戦を信じて応援してくれる」そう思われるような存在に、自分はなりたかったんだ。と。

以来、一人でも多くの人が、自分を信じ、主体的な人生を手にすることができるよう、
これまでの知識と経験をシェアし始め、

 

2013年、セールスやマーケティングを伝える武田塾をオープン。

 

仲間に声をかけて始まったセミナーは、若い世代へと広がる。

 

自分を信頼し集まってくれた人には、惜しみなく知識も経験もオープンにしてきた。

 

関わった人たちが、ここで成長し、成果を出して自分らしい生き方を見つけてゆく姿を見れることが何より嬉しい。

セールス、マーケティング、あり方など、様々なことを塾生に伝える。

 

そして、塾生だけでなく、関わっているスタッフにも、自分らしい生き方を見つけてほしい。

自分と向き合い、人生を自分で掴むために、本当にしたいことに向かって、挑戦してほしい。

 

だからこそ、「自分のもとで働き続けること」にとらわれることなく、スタッフも育成してきた。

そして、スタッフも全員独り立ちしていった。

 

自分の元から一人でも多くの人が、自分のやりたい事で生きていくことを選び、巣立っていくように。

 

自分らしく生きるための、人生への挑戦。それを、ずっと応援し続けたい。

 

武田塾は男塾と名前を変えて2016年まで実施、2018年からは、後輩に運営を任せ、その成長を見守る。

 

現在は20代~30代男子を中心に自己実現を応援する、ブレイクスループログラムを実施。

 

毎朝5時半からのオンライングループセッションを継続、自分の生きたいように生き、挑戦する人生を選択できるよう、サポートしている。

 

2018年は、

これまでの人生を振り返り、塾生の挑戦を応援している身として

自分自身も、さらなる挑戦をしたい。そんな思いが湧き上がる。

 

子どもの頃に憧れた、人に影響力を渡せる自分自身自分を磨き続け、人に必要とされる人生を更新していくためにも、もう一度、

誰よりも自分を信頼し、大きな挑戦をしたい。

 

そしてそれを叶えていける自分自身に出会いたい。

 

ノウハウ・言葉だけでなく、生き方で、背中で、それを魅せられる人であるために。
自分自身に、ブレイクスルーを。

 

2019年は、自分を信じ、自分自身のさらなる可能性に、挑戦することを決意する。

 

起業を夢見て詐欺にあうなんて、ニュースで聴くような羽目にもあいながらも

個人事業主として開業し、これまでに数々の団体を創ってきた。

 

いくつものプロジェクトを成功に導く中で身につけた経験をもとに、能力開発をライフワークとし、ビジネスコーチ、ライフコーチとしても、多くのクライアントを成功に導いている。

今、僕は願う。

若い男子にも、挑戦する人生にして欲しい。

 

がこれまでの出会いを通して、自分が憧れた大人たちから、経験から生まれた知識とたくさんの勇気をもらったように、今度は勇気を与える側に立ちたい。

 

そういう想いがどんどん強くなっていく。

 

そして、大人になり、自己実現はある程度果たした。
場所、時間に一切縛られず、好きな仕事で飯が食える。

 

守りたい家族もいる。収入もある。仲間もいる。
育てていきたい後輩たちもいる。

 

何の不自由もない。

 

でも。

それでも。

心の奥底、深いところのオレが言う。

このままでいいのか?

ヒーローに、なりたかったんじゃないか?

 

幼い頃、あこがれを抱いた父親の背中。
周囲を魅了するGLAYの圧倒的存在感。突き抜けた絶大なパワー。

なりたいと思いながら、
どこかで諦めて生きてきた、

 

自分が心から憧れたヒーローになる夢。

 

憧れの背中を、これからも遠く見るだけ終わって、オレはそれでいいのか?

諦めるのか?と。

 

そんな声が聞こえてくるのを、
無視できなくなった。

 

大人になって、社会からもそれなりに認められ、たくさんの、経験も知識も、ノウハウも身につけた。

だからこそ、下手に賢くなって、理性と頭脳が本望をうまく飼いならす。

 

そんな大人にもなってしまったんだろうか。

 

 

塾生たちに挑戦する人生を、と謳いながら

どこかで、スマートな大人のフリして、本当になりたかったものへの挑戦から、背を向けていたかも知れないオレ。

オレは、今でも、やっぱりヒーローになりたいんじゃないか?
答えは、迷いなく、YESだ。

 

だから、

 

2019年。

 

 

子どもの頃から、憧れ、追い続けていたその存在に、なるために。

その声とともに、生きることを決めた。

ヒーローに、なる。

 

うまく説明できる理由や根拠なんて、なくていい。
あったとすれば、あと付けだ。

 

子どもの頃から、憧れ、追いかけてきた、ヒーローになるべく

 

オレがなりたかった、カッコいいヒーローに、カッコいい男に、なるために。

今年、オレは挑戦する。

 

これまで生きてきた人生のすべての経験を背中に、
存在そのものが、影響力となるような、
そんな自分を手に入れるために。

挑戦とは?

僕は、挑戦する人にエクスタシーを感じる。

挑戦する人が叩かれる社会ではなく、
挑戦する人が応援される文化を作りたい。

だから僕は挑戦し、人に勇気を与える存在の人になる。

そんな大人としてカッコいい人生にしたい。

 

だから、自分の姿と表現で、若い男子や同世代に、
挑戦する勇気を与える存在であり続けたい。

自分自身に、ブレイクスルーを。
そして、この背中で、挑戦しつづける勇気を。

『人生を変える365日の軌跡』
〜僕は人はいつからでも人生を変えられることを証明したいんだ〜

     

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