1. HOME
  2. ブログ
  3. なんとなく生きていた27年間と今。

なんとなく生きていた27年間と今。

         
         

※前半少しネガティブな話が続きますが悪しからず…

 

今からちょうど、10年前、27歳のとき。

 

当時は、今と全く人生を歩んでた。

 

そもそもを遡ると、
何かを”決める”というのは、
ほとんどの人がそうであるように、
僕も、高校へ上がる時の進学の決断だった。

 

と言っても決断とはいえるようなものではなく、
なんとなく、みんなが行くし、
まぁ親も当たり前のように大学までは行け
という教育だったので、疑うこともなく、

でも、あまり親に負担はかけるべきじゃないと
思っていたので自分のレベルにあった
県立の高校に進学することとなった。

 

そう、
だから自分で決めた、と書いたけど、
当時は自分で決めた感はなく、
とにかくなんとなくだった。

 

そして、次の決断は、大学入試。

 

これも本当に適当に決めた。

 

僕は数学と体育だけは常に
満点に近かった。
※他の教科は壊滅状態(笑)

だから数学だけで入れる大学を探したけど、

そんなもんあるわけはなく・・・

 

でも、
数学と化学だけで入れる大学を発見!(笑)

 

そっから化学の教科書だけ、
丸暗記したのを覚えている。

 

まぁそんなふうにしてテキトーな選び方を
したもんだから、大学に入ってからが大変。

初日にやめようと思った・・・苦笑

 

で、いい大学に入って、いい会社に就職する。

これがセオリー。そう思っていた。

これは、親から言われていたのかな?
多分。

 

という具合に、
”なんとなく”で選ぶ癖がついていた。

 

もちろん就職も。

 

全く興味がなく、”なんとなく”でテキトー決めた。

 

そして、そのテキトーに選んでしまったがゆえの
会社員の4年間の暗黒時代の始まり・・・

でも、今思うと、苦痛すぎたのが
人生を変えるキッカケだったなと。

 

入社してから4年間、本当に辛かった。

辛い理由はいろいろあったんだけど、
3つ思い浮かぶ。

 

まず、二重人格かのように自分を偽って
会社員をしていたこと。

↓真面目なフリ笑

会社というのは自分を出すべき所ではないと、
なぜか強く思い込んでて、プライベートは
明かしてはいけない。真面目なふりをする。

 

当時は、まだダンスもやってたから、
仕事の後とかに、たまにレッスン行ったりして
たんだけど、レッスンの日は練習着を大きい
バッグにいれて持っていっていき、

でも、見られないようにコソッとロッカーに
しまって、誰にもダンスをしていることも
言わず、、、隠していた。

今思えばなんでそんなことしてたのか
意味不明だけど・・・笑

 

そして、よくクラブに行ったりと、
チャラチャラしていたわけですが、

クラブってなんですか?くらいの
雰囲気をかもちだし・・・

そうやって、完全に自分を偽っていました。

 

次に辛かったのが、飲み会。

 

月に一度くらいある飲み会が
死ぬほど嫌だった。

行かなきゃいいのに、真面目ぶってた僕は
YESマンでだったので、常に嫌々行っていた。

 

そして、お酒が全く飲めない僕に、
ピッチャーで一気させてくる上司。

今じゃそんなパワハラありえないのかもね。

 

コレは本当に屈辱的だったなぁ。

 

でもね〜これもほんとは断ればいいんだけどね。

YESマンなので、飲み干す。

 

そして、そのままでいたら急性アル中に
なるので、すぐにトイレに行って、
中指を突っ込んで・・・

の繰り返しをしていた。

 

でも、吐いても吐いても、
全部は出ないんだよね・・・。

すぐ吸収しちゃって、頭痛が辛くて辛くて・・・
そうしているうちに動けなくなる。

それを見て、「もっと酒強くなれよ!」
「営業はノミュニケーションだぞ」と。

 

これは、タバコを吸わない人に、
無理やりタバコを吸わせるのと一緒だと
本当に殺意を覚えてた・・・。

いつか闇討ちしてやりたいくらい思ってたなぁ。

 

だから、本音で生きれない人の気持が
死ぬほどわかる。

つやらいよなぁ〜。

 

自分でも偽っているとか、本音じゃないとか
あんまり自覚なく、自分を押し殺してるん
だよね。

それが自分だと思いこんじゃってるんだよね。

 

飲み会の日は朝から憂鬱だったなぁ〜。

 

まぁそんな感じで飲み会の日は地獄だった。

 

もう一つは、上司をみて、こうなりたいと
思えなかったこと。むしろ逆。
「こうだけはなりたくない・・・」

上司や先輩をみて、
「おれの10年後はこうなるのか・・・」
と思うと居ても立ってもいられなくなる。

 

毎朝早く来て、終電で帰る。
そしてどこかしんどそうで、辛そうな部長。

社内で冗談でからかい続けられ、
だんだん鬱っぽくなって、
途中から来なくなる先輩。

全然人間的魅力もないければ、
仕事もできないのに、先輩だからと
偉そうに指示だけしてくる無能な先輩。

 

ね、完全にネガティブくんでしょ?笑

 

当時は本当にそれが嫌だった。

 

朝起きたら、
枕に髪の毛が大量に抜けていたり、

朝ごはん食べてから吐いたりしていた。

 

相当ストレスだったんだろうな。

 

就職前にアメリカの自由を味わって
しまったもんだから、なおさら。

 

本当はLAにいる時に、「ここで生きていこう!」とも
思ったんだけど、オヤジの癌が見つかって
帰国と同時に就職しろって言われて、
就職した。このときも”なんとなく”。

 

人生に主体性もクソもない。

 

社会的な世間の目を気にしたり、
常識的な生き方、

こういうものが大切と思い込んでいた。

 

そんなこんなで、自分らしさが皆無だった
会社員時代4年間。

 

こっからどう変わっていくかは、
また今度記事にしたいんだけど、

 

ともかく、今の人生とはまるで逆だった。

だから、「今しんどいな〜」と思っている人にも
全然違う将来が待ってたりするから、
自分に期待してほしいんだよね。

 

あと、
日本に生まれてきたって、本当にラッキー。

失敗してその辺で食うもんなくて
餓死してる人なんか、みたことないでしょ?

でも他の国にいけばそんな人たくさんいる。

 

それって、僕らの先祖や、
日本人として日本の未来のために命を
かけた人たちが実はたくさんいて、

そしてその結果、

日本という素晴らしい環境が出来上がり
そこに生まれてきた俺たち。

 

いきなり話はとぶけど、でも本当に日本に
生まれてきたことが奇跡的なことを
実感してほしいんだよね。

世界で一番豊かな国に生まれてきた軌跡。

 

だから日本は世界一、挑戦するハードルが低い。

挑戦して死ぬなら、超リスクけど、
日本は、失敗しても100%死なないからね。

 

一緒に挑戦する人生にしようよ。

思いっきりやりたいことに
向かって突き進む人生にしよう。

今日はここまで!

ちょっとネガティブな内容だったけど、
コレ読んで、何か感じてもらえたら嬉しいです。